飛翔
二つ折りの生き物たちが昇っていく
蔓の断たれたフェンスの上を
撚りの解けたロープの上を
つんと刈られた杉の上を
北風(きた)に髪を遊ばれた、私の視線の遥かな上を
お前達にとって、風は友でない
お前達にとって、風はダダイズム的戦法で
空へ帰るべくして設けられた
階の一段に過ぎない
二つ折りの生き物たちが昇っていく
なんて自由で、高慢ちきな生き物たちだ!
自分を弁えて粛々とすることを
許されなかった生き物たちだ
二つ折りの生き物たちが昇っていく
冬の遠い青空を
山折り谷折り
風のままに、昇っていく
晩春
震え来るものの音(ね)する
今は4月も終はり
散りばむ桜花の枝(え)にしなり
水滴の鎖をたらす地面(つちも)に
そは紅く灯りたる
白紙張りめぐらせし灯篭
静かに息まいて
穏雪(おだゆき)をまく灯篭
ふるえ来るものの音する
四季は移ろい得なり
降り来るものは雪だけにあらずや
五月の強き陽ぞ差す

氷
此処に留まる言い訳に
少し残しておいたラテ
それも何だか気まずそうだ
冷や汗をかいて
とうとう僕より先に
からんと席を立ってしまった
パティスリ
缶(かま)でねりましょ カラメリゼ
エンガデイナア ヌストルテ
クレムシャンティ アマンドに
ジェノワのミルフィユ サンマルク
パアタデコオル 生誕の
祝い楔字 パイピング
缶で焼きましょ カラメリゼ
エンガデイナア ヌストルテ
プラリネ クレムアングレス
シュアラクレーム パタ焼けね
サントノーレー ミンタ咲く
岨いただきに カラメリゼ
エンガデイナア ヌストルテ
缶で焦げましょ カラメリゼ カラメリゼ
フリュイ フロマジェ シャルロッテ
青い小鳥のダマンドに
枝をあげましょ 琥珀のコロレ
ヌガーは甘い 春に萌ゆる
注(以下は全て製菓用語である)
パティスリ……小麦粉を使った焼き菓子の総称。また、それを売る店。
カラメリゼ……(一)菓子の表面に砂糖を薄くふりかけ、バーナーで焦がすこと。 (二)ナッツ類を砂糖やカラメルで衣がけすること。(三)シロップをカラメル状に焦がすこと。
エンガディナー・ヌストルテ……スイス、エンガディーナ地方の伝統的なケーキ。クッキー生地の中に、胡桃と蜂蜜で出来た餡、カラメルに包まれた数種類のナッツが入っている。
クレーム・シャンティ……泡立てた生クリーム。
アマンド……アーモンド。
ジェノワーズ……共立てのスポンジ生地。
ミルフィーユ……パイ生地とクリームを何層にも重ねたフランス菓子。(直訳では「千枚の葉」だが、此処では意訳「沢山重ねた」の意味で使用)
サンマルク……ジョコンド生地で、バニラとチョコレートの二層のムースを挟み、表面をカラメリゼしたケーキ。
パータ・デコール……デコレーションケーキ。
パイピング……クリームやチョコレートで図形を描く事。
プラリネ……焙煎したナッツ類をに加熱した砂糖を掛けてカラメリゼしたもの。
クレーム・アングレス……カスタードクリーム。
シュー・ア・ラ・クレーム……シュークリーム。
パータ……小麦粉で作る生地。
サントノーレ……小型のシュークリームにカラメルを絡め、円錐状に積み上げたフランスの祝い菓子。クロカンブッシュ。
ミンタ……ミント。
フリュイ……フルーツ。
フロマージュ……チーズ。(ババロワを別名〈フロマージュ・ババロワ(ババリアのチーズ)〉と呼ばれる。此処ではその意味)
シャルロッテ……長細く絞った、フィーンガービスケット状の生地をケーキ型の側面に敷き込み、中にムースやババロワを入れて冷やし固めたもの。(固まった表面を、果物等で飾る事も有る)
ダマンド……アーモンドと小麦粉を潰して練ったもの。これで人形などの飾り細工を作る。マジパン。
コロレ……着色する事。
ヌガー……砂糖と水飴を煮詰めたものに、泡立てた卵白やゼラチンを加え気泡を含ませ、ナッツ等を混ぜて固めたソフトキャンディ。
つぐみ
巣穴(わぎえ)へ帰る くろつぐみ
さみし胃の腑に嘴(くち)つぐみ
今日も今日とてサンザシも
イチイも朽ちて 無い何も
赤い木(こ)の実が恋しくて
雛のあの日が恋しくて
寂しく啼いた くろつぐみ
薔薇の根股に 凍てつく実
夜半
さあ、あの夜半に
檸檬(れもん)の型した額縁をお掛けなさい
母子(おやこ)の鹿の渡りゆく
白く霜置く桟橋に
ふたつ蹄の我家へ帰る
震えに わたくし雪が降っています
橋の彼岸の老い栗はしげく
古鉄色(ふるがねいろ)の朽葉を降らせ
み空の銀弓の見えない矢じりに
一枚一枚砕かれて
打ち震え立つ木本(こもと)より
玻璃(がらす)の鳥の羽(は)は白く
凍みて地面に重なります
さあ、瑞々しい果肉の様に
涙を零してお仕舞いなさい 瞑れる眦(まなじり)に
痛いほど切り込んで あなたの眼差しを鋭くする夜半に
鈴の君
夕べかそけき鈴を鳴らして
擦れ違った寡婦は何であろう
その身は、黒衣をまといて重く
その香は、橘の香にくゆり
その手は、いたいけにも、毛羽先だった櫂をたぐり
その目は、モーニングヴェールに沈んでいる
夕べ、かそけき靴音をして
過ぎ去った寡婦は何であろう
笑気を吸って、今、貴方の元に向かいますと
私の袖を手繰るのは
アンネリダ這いて
私は、硬直した死体とワルツを踊りながら
永い永い夜を越えるのです。
そして朝(あした)、アンネリダの這う
蝋のようなる手の甲に、キスをして別れます
人の消えたダンスホールで
アンネリダだけが踊っている
クイックの得意な彼らは
きっとルンバを踊っているのでしょう
その楽し気な光景に
私も参じて行きましょう
文字盤
今宵、にじんだ月白を得て
浮かび上がった十二人の女神は
僕には解せぬ異邦(くに)の言葉で
ひそやかに囁き合っている
今宵まばゆい月白に照り
黒髪をくるぶしまで伸ばした
十二人の女神達
月は透け 山の向こうに
パステルカラーが順良く並ぶ
月白はカーテンの陰
エナメルの渡る空は
徐々に太陽を健在させ
十二人の乙女は眠る
その姿さえ美しいのだ
彼女達は月の軌道に
その身をもたれ
順に棺に入ってゆく
聖母子像・Camellia
生きた貴女は今、石膏の肌をして佇む
私も、貴女に似た白い頬べを
ステンドグラスの光(かげ)に輝かせている
私達は、互いに盲いた視線を通わせる
母子(おやこ)の像
石膏の貴女は、彫像の表現と実在を忘れていた
雰囲気と空間を思い付かなかった
或る時、強い光にあたって
私の頬べは、涙の伝った様にひび入り
崩れた下から、濡れた眼が
震えながら、覗いていた
その目は、讃嘆と絶望に震えていた
肌は、貴女の冷たい腕に凍えて
衣服を手繰り寄せる仕草を止めなかった
私は震えている、私の熱が
貴女に伝わる事を、願っている
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